1階のコ−ヒ−ショップから、パンやケ−キの香りが歩道まで漂っている。特に若い女性に人気がある。店名入りのカンバンが、一階と二階の間の壁全体に取り付けられている。黄色でデザインされた文字で、『GBC』と描かれていてライトアップされている。手すりの付いた木製の黒っぽい古い階段がある。「ギー、ギー」と音をたてながら上った。二階は2人用からグル−プ用までいろいろのテ−ブルがある。黄白色の間接照明でほのぼのとした光で、目も疲れず心が休まる。20人位の客が食事をしている。ここは一階と違って中年のカップルが多い。2〜3人の若いウエイトレスが機敏に働いてる。その内の一人が近寄ってきた。「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」と部屋の奥に案内してくれた。少し離れた奥に小さいカウンタ−がある。そこに、奥の厨房から出来上がりの料理が置かれてる。二人の若いウエイトレスがそれらの料理を取りに来た。彼女達の内の一人が、「シャロン!注文を聞いたら直ぐ来てね」と、僕を案内したウエイトレスに声を掛けて、他のテーブルの方に行った。彼女の名前は「シャロン」だと分かった。
「シャロン」は彼女達3人の中で最も若いようだ。小柄な栗色の髪の娘で、元気よくきびきびしている。眉毛が薄く見えて、「モナリザの微笑み」の女性とニュアンスが似ている。彼女は、僕の表情を見ながら「どうぞ」とメニュ−を差し出した。胸をキュッと前に張り出してニコッと微笑んだ。「モナリザ」よりは遥かに子供っぽくかわいい。「シャロンて、魅力的な名前だね」と、彼女におどけて挨拶すると、「どうして、私の名前をご存じなの?」と目と眉毛を「クリリ」とさせながら、僕の顔を「いたずらっぽく」覗き込んできた。「先ほどのウエイトレスが、君の名前を呼んだのが聞こえたんだ」と答えると、「あら、そうなの」と言って顔一杯に笑みを浮かべた。「ところで、シャロンさんギネスビ−ルはあるんですか」と聞くと、「ビ−ルは置いていません。ワインならありますが」と気の毒そうな表情を見せた。「同じアルコ−ルなのに、どうしてビールはないんですか」と聞いてしまった。すると、彼女は早口で「ベラ、ベラ」としゃべったので、聞き取れなかった。多少、「なまり」なのだろうか。ワイン、鱒のムニエルとパン、ポテトサラダを注文した。シャロンはオ−ダ−を持って、斜め横の小さいカウンタ−に戻って行った。
他の二人のウエイトレスもこまめに仕事をこなしていた。彼女達は、僕の横を通った時一度だけ軽い挨拶をして行った。シャロンとは対象的でおとなしい感じがする。ワインの口当たりがとてもよく、渋みや苦みはない。それに、鱒は身が柔らかく臭みがなく良い味だ。9時半を過ぎると、客も5〜6人になりシャロン達の動きも緩やかになった。タイミングを見てシャロンに話しかけた。「君は店員さん、それともバイト」と尋ねた。「私達は学生です」と答えが返ってきた。年長の彼女がやって来て、「ラストオ−ダ−になりますが」と僕に言った。ワインが本当においしい。彼女にもう一杯グラスを追加注文した。彼女も、栗色の髪でスラッとしたインテリ的な感じの女性である。「2〜3日ゴ−ルウエイにいるから、又来るね」と言って、シャロン達と分かれた。おいしい料理とワインですっかり気持がいい。B&Bに行く事にして、公園のタクシ−乗り場に向かった。外は先ほどのように寒くない、お酒のせいだろう。豪華ホテル(グレイト・サザン)の玄関が、前方に見えている。明々としていて客やボ−イが出入りしている。
タクシ−乗り場には2台のタクシ−が客を待っていた。すぐに、先頭に止まっている車が後部座席のドア−を開けてくれた。40才位の落ち着いた運転手で、行き先を言うと「5〜6分で着きますよ」と言った。「日本からですか」と物静かに尋ねた。走り出すとすぐに、賑やかな街は消滅した。道路の明かりにわずかな住宅街が見えている。さらに2分ほど走ると、「街」が終わってしまった。これが「第三の都市」ゴールウエイのようだ。車は大きく左にカ−ブしながら曲がった。広い道路で「国道」のようだが、すれ違う車はまれだ。道に沿って5〜6軒の住宅やB&Bが道路に平行に建っている。右手に小さい港の波止場が見えてきた。どうやら、海岸の近くを走っているようだ。岸壁の鈍い照明が港を照らしているが、灯台の姿がない。小さい船が3隻係留されている。2分ほど走ると、道の左側にB&Bや住宅が現れた。道路に沿って一列に10軒ほど並んでいる。「時間的」なものなのか、道路を歩いている人は全くいない。港の方をぼんやり見ていると、運転手が「多分この辺りです」と言いながらスピ−ドを緩めた。彼は顔を車の窓に近づけ、ダブリンの「あの運ちゃん」と同じポーズで「表札」を探し始めた。しかし、彼とは違ってB&Bはすぐに見つかった。
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